邪馬台国東四国説(阿讃播の東瀬戸内説)

邪馬台国東四国説(阿讃播の東瀬戸内説)


四国霊場開創から1200年,阿波と四国の完全封印は解けるのか?

極小の聖域 大麻山

記紀の神代記の元になった本当の物語.

高貴さと勇敢さを兼ね備えた我々の祖先の物語として,
現実的に考えるべきではないでしょうか.


神代記の舞台は,天と海と地がすべて集まり,
王族の墳墓がまつられていた場所です.
伊勢,出雲,日向,淡海,伯伎,州羽,高志といった地名の名残がある場所です.

これらすべての条件を満たす場所が,大麻山周辺にあります.
それはきわめて小さな小さな範囲です.



極小の聖地がここにあります.

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記紀の神代記の地名

記紀の神代記に現れる地名
伊勢,出雲,伯伎,日向,諏訪,淡海,高志

これらは,三重,島根,鳥取,宮崎,長野,滋賀,北陸といった地域だと思われています.
その通りに解釈するならば,記紀の神代について現実的に考察するのは無駄なことでしょう.
神代記に描かれている婚姻,闘争,埋葬をこれほどの広域でその当時人間が実行することは,不可能だからです.

神代記なのだから当然だと思われるかもしれません.
確かに,記紀の編纂者たちは神代記が文字通り神話となるよう編纂しました.
ここで考えたいのは,どのような話をもとに神代記が書かれたかということです.

歴史書が編纂されるのには目的があります.

祖先から自身に至る歴史を示して自身の正統性を主張する,ということです.
そうであるならば,どうしても祖先からの系譜を書く必要があります.
しかし,そのまま書くことは必ずしも得策ではありません.
統一国家の礎となる歴史書にはふさわしくないのです.

飛鳥時代から奈良時代にかけて,日本は中央集権国家への道を歩みました.
そのためには,統一国家の礎となる正史が必要だったのです.
中国の歴史よりも長く,日本全体を舞台とした壮大な神話が求められたのでしょう.
おそらくこうした理由で祖先の歴史の一部は書き換えられてしまったのでしょう.

しかし,地名については読み替えに留まったため,本来の場所を特定できるのです.
さらに,その当時の地形も記紀の記述と一致することが確かめられます.

神代記は,ある高貴な一族の開拓精神旺盛な祖先の物語です.

oasayama2014.jpg
(霊山寺から大麻山を望む)

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徳島の弥生墳丘墓・前期古墳の実年代の推測

awazennki.jpg

邪馬台国,卑弥呼の時代(2世紀末~3世紀中頃)に徳島県において最重要であった地域は旧吉野川下流域の北岸,大麻山周辺です.

阿王塚古墳,天河別神社3,4,5号墳の年代も気になりますが,大本命は大麻比古神社古墳群です.

画文帯神獣鏡が副葬されていた阿王塚古墳と萩原墳丘墓の中心部に大麻比古神社があります.
かつては第壱番札所霊山寺の奥の院であったところです.
ここに巨大な弥生墳丘墓があれば,それは卑弥呼の墓の有力候補になります.

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核心の大麻比古神社の伝承

寺社の伝承には,様々なデフォルメや身びいきによる主張などがあり,
無批判に受け入れられない場合が数多くあります.
しかし,何らかの史実を伝えていることもあり,無視できません.


核心の大麻比古神社の伝来書には,阿波忌部の祖神である天日鷲命の様々な行動が記されています.
なお,大麻比古神社の御祭神は,明治以前は猿田彦命と天日鷲命,明治以降は大麻比古大神と猿田彦大神です.
大麻比古大神は天太玉命のこととされ,天照大神の岩戸開きでも大活躍した中央忌部氏の祖神です.
wikipediaの大麻比古神社の項を読めば分かるように,御祭神については複雑な事情があります.

阿波が完全封印された以上,仕方がないことではあるのですが.




大麻彦神社伝来書上帳


麻漬(ヲツケ)川
天日鷲命清麻楮(スカソカジ)を洗玉ひし旧跡にて
降共不増照とも不乾常注不変之水ニて御座候

丹(アカ)の水
天日鷲命清麻穀(カヂ)をすすき玉ひ洗ひ給ひし井戸ニて御座候
井水を戴く時ハ心身の汚を払ひ且疱瘡軽安のよし申伝
参詣之諸人頂戴仕又家土産等ニ仕候
尤照とも不乾降とも不増麻漬川同様ニ御座候往古は御井ノ社と申して
天日鷲命二上命ニ神之祠御座候
由只今は石壇のみ残り居申候

を山谷
天日鷲命芋を植給ひし旧跡にて御座候

かげノ谷
天日鷲命楮を植玉ひし旧跡ニ而昔ハかじの谷と申候由
只今ハかけの谷と申候

をとけ谷
天日鷲命を山谷かじの谷の麻楮取来らせ此谷にて
ときわだき玉ひし故芋とき谷と申来候処只今ハをとけ谷と申候

をたつ
天日鷲命洗ひ給ひし麻楮を此処にて切給ひしゆへ昔時ハ芋断と唱候
後ニ龍神を勧請して大竜様と唱候よし何時之代「興欠」只をたつと唱候
只今村方雨乞之節此をたつへ参詣仕候儀ニ御座候

ひきつ
天日鷲命猿田彦大神を勧請の後社頭之幕目を行ひ給ひし右ヒキメ辻と申候由
只今ハヒキツとのみ申候

かみそりが峯
天日鷲命御勧請の事済玉ひて後麻植郡へ飛去玉ひし故神さりが峯と申候也
只今にてハカミソリが峯と申候

まり山
右御神徳蹴鞠の坪を守らせ玉ふより残りし名にて御座候
右之外森の近辺山谷多く有之得とも申伝へ候儀無御座候

いくし
板東村田代上千石ぐろを申候数大小七十餘座御座候
右ハ上古神田にて御座候并御供田と申田地御座候則上古之御田にて御座候

すだち
大麻山の見ゆる所ろならでハ生ひ立不申趣古老申伝ニ御座候
己ニ御国の中ニ而も上郡南方杯ニハ無御座候由承伝候
余国ニ而ハ阿波みかんと申重宝仕候由申承仕候
右すだちと申ハ橘の種類にて御座候やと奉存候
橘ハ品類甚深山ニ而巻懐食鏡にも時珍之説橘品十四種
日本又其種類多御座候而大抵酢之物は橘と申候由
私存居申分左ニ申上候
橙 アヘタチバナ 柚 オニタチバナ 蜜柑 ヒメタチバナ 枳穀 カラタチバナ

大麻山の北裏後ロ谷と申所に岩穴御座候其上にみかんの木御座候也
村老申候大方すたちに而御座候哉と奉存候

寛政五癸丑年三月
永井日向 永井上野

非常に重要なことがそれとなく記されています.

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卑弥呼の墓=丸山墳丘墓?

大麻比古神社の丸山は,「古代,眼前に海が広がっていた一瀬(広塚)
という場所に丸山神と倉稲魂命の二神が祀られた長径130メートル近い
築造年代が不明の墳墓」です.

(一瀬・・・一ノ瀬ダム(白鳥の池))


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この周辺の古墳群については,保育社「日本の古代遺跡 徳島」ではわずか三行の説明です.
「板東谷川によって形成された扇状地の奥まった地点には,阿波一の宮の大麻比古神社が鎮座
する.この周辺にも昭和初期までは平草古墳群,大麻比古神社古墳群など箱式石棺や積石塚が遺
存していたようであり,玉類、鉄刀、銀環、須恵器などの出土をつたえている.」

大麻彦神社伝来書上帳には,次のように記されています.
まり山
右御神徳蹴鞠の坪を守らせ玉ふより残りし名にて御座候

まり山だから「蹴鞠」なのでしょうが,そんなものを壷に入れて守らせるでしょうか?
祭器となるような他の丸いもの,すなわち鏡であれば,納得しますが・・・.

丸山神とは,いったいどんな神のことでしょう.

山は高いところ,すなわち天に通じます.
天において丸いものは二つ,太陽と月です.
大麻山の東にある山は,天円山(あまがつぶやま)あるいは天ケ津山(あまがつさん)と呼ばれています.
ふもとの神社では「月読命」の信仰がありますので,おそらく「天月」という意味なのでしょう.

すると丸山とは,もう一つの天の丸いもの,すなわち太陽ではないでしょうか?

こう呼ぶことにより,太陽神である天照大神という神名は出さなかったのでしょう.
さらに,倉稲魂命は天太玉命と「たま」が一致するため選ばれた可能性があります.
「天照大神と天太玉命」の二神にすることは,神社側がさすがに避けたようです.

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