邪馬台国東四国説(阿讃播の東瀬戸内説) 2014年08月

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邪馬台国東四国説(阿讃播の東瀬戸内説)


四国霊場開創から1200年,阿波と四国の完全封印は解けるのか?

邪馬台国の中心地域-大麻山-

1990年代に大杉氏の四国説の24国比定に対する修正案は得たものの,
卑弥呼の墓はどこかという問題は分からないままでした.
多くの阿波説の方が主張される八倉比賣神社の古墳は,考古学者が
時代を否定していました.(参照 日本の古代遺跡シリーズ「徳島」保育社)
径百余歩(直径150m程度)と倭人伝に書かれれていますが,その古墳は
せいぜい40mくらいでしょう.まったく規模が違います.

私は2005年頃からようやく徳島で十分な調査をする機会を得ました.
そして,萩原墳丘墓の周辺に邪馬台国の中心地があったことをほぼ確信しました.
理由は,3世紀における考古学的な重要性(ホケノ山古墳との密接な関係,
出土した画文帯神獣鏡による朝鮮半島との交流),歴史的に重要な地域
(大麻比古神社,霊山寺,東林院等),記紀における地形・地名の類似性
(狭い範囲なので偶然とは考えられない)などです.

さらに,直径150mの卑弥呼の墓も推定できました.何のひねりもなく,
阿波国一の宮である大麻比古神社の本殿裏にある丸山です.
非常にわかりやすい場所にずっとあったものの,日本という国の
まとまりを崩さないためにずっと隠されてきたということなのでしょう.

oasayamay5.jpg
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