邪馬台国東四国説(阿讃播の東瀬戸内説) 2014年09月

邪馬台国東四国説(阿讃播の東瀬戸内説)


四国霊場開創から1200年,阿波と四国の完全封印は解けるのか?

邪馬台国の母国=東四国説

林博章氏が忌部氏の研究と共に精力的に展開されている説です。

『日本の建国と阿波忌部』 『倭国創生と阿波忌部』

において、大量の有益な資料 とともに邪馬台国の母体としての東四国説が展開されています。

hayashi.jpg   hayashi1.jpg

素晴らしい点は、現代考古学の成果と忌部氏の伝承を上手に組み 合わせて
考察されているところでしょう。
阿波の再興を目指す 研究会がどのように活動されていくのか、今後の発展が楽しみです。

なお、自説との大きな違いは、林説では3世紀の東遷を卑弥呼・ 男弟によるものとしており、
箸墓・ホケノが対応するという点です。 自説では、3世紀の東遷はヒルコ・ニギハヤヒ・鳥磐楠船
による ものと考えています。 もちろん東四国に径百余歩の墳丘墓がなければ卑弥呼の墓は
箸墓周辺 くらいしか考えられないので、現時点では自然な推論だと思います。
しかし、大麻比古神社の「丸山」は本当に墳丘墓ではないのでしょうか?

東遷した一族も鏡を威信財として利用したと考えられます。 自説では、東遷した一族の巫女の
役割を果たしたのが 倭迹迹日百襲媛命(卑弥呼=天照大神の近縁)であり、 神がかった状態では
天照大神と同一視されたと考えています。

(以上,邪馬台国東四国説のHPより)
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